パソコンの部屋
何気に何某のパソコン歴は長い。その歴史を振り返って見る。
パソコン履歴
| メーカー | 機種名 | 所有期間 | コメント |
| SONY | SMC-777 |
1981年〜1987年 |
当時聖子ちゃんが宣伝していた。SONY初の(多分)オリジナルパソコン。ほとんど売れなかったので周りの友達は誰も持っていなかった。MSXを持っている人は多くて、ソフトの貸し借りが出来てうらやましかった。ほろ苦い思い出のパソコン。思い出のゲームは幻の古代王朝 吉野編…って、誰も知らないか。 |
| SHARP | X68000(無印) |
1988年〜2000年 |
まるまる12年現役だった。高校時代、大学時代、社会人時代(ほとんど触らなかったけど)を共にすごした思い出のパソコン。たくさんの優良なソフトがあってホントたくさん遊べた。思い出のゲームはドラゴンスピリット、DIVE ON。 |
| EPSON | PC-386GS |
1994年〜2000年 |
NECが嫌いだった何某は98互換機のEPSON機を買ったのだった。確か秋葉原でサービスを省いて安く売るというキャッチフレーズの店で(なんていったかなぁ)で購入。ディスプレイはX68Kと共通で使用。このパソコンを最後に、まるまる4年間新型のパソコンを買うことはしなくなる。思い出のゲームはクラシックロード3。 |
| 富士通 | FMV−デスクパワー SW237 |
1998年〜1999年 |
就職先の会社でパソコンが重要視されていたので、慣れる為にWindows機を購入。でも、会社ではしばらくの間Windows3.1だったのであんまし役に立たなかった。その後Windows NTに変わったので無駄にならずに済んだ。Pentium2の233Mhzではいろいろと厳しくなってきたので、妹に譲ることにした。思い出のゲームは…ここには書けません。 |
| 自作機 | DOS/V | 1999年〜2000年 | パソコンのパーツもだんだん安くなってきたので思い切ってDOS/Vの自作に挑戦。結構簡単に組むことが出来た。
マザーボード Apollo 133A CPU PentiumV 533Mhz メモリー ノーブランド CL-3 128M SoundCard SoundBlaster Value VideoCard Geforce DDR HD IBM製 12.6M+12.6M Promise Fastrak66 Raid0 Display Sony CPD-G400 19インチ |
| SONY | VAIO SR9/K |
2000年〜現在 |
なんとなくノートパソコンが欲しくなってきたので購入。いろいろ迷ったけど、薄くて軽い、バッテリーの持ちが良いなどの条件を考えるとこれに落ち着いた。なかなか使いやすくて軽い。長時間の電車移動時なんかには良い暇つぶしになる。オプションでGPSやらFDやら、CD-ROMやら、カメラなんかを買ってしまいました。 |
| 自作機 | DOS/V |
2000年〜現在 |
完全にメーカーに踊らされてると思いながらも、各部のグレードアップ
上記の仕様で変更があったのは CPU PentiumV 850MHz マザーボード GIGA BYTE GA-6OXM7E i815チップセット VideoCard Geforce2 GTS メモリー ノーブランド CL-3 256M追加 さらにPentiumWへ移行する気配あり…
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他の思い出のパソコン
| メーカー | 機種名 | 使用年月日 | コメント |
| 富士通 | FM-77(初期) |
忘れた。でも多分中学生前半だったと思う |
親戚のお兄さんが使用していた。その当時はまだテープのデータレコーダが主流で、ロードに何分も待たされた。もしロードエラーが出ようもんなら涙物である。FM-77はキー入力が一度押すと入ったままになるという仕様で、シューティングゲームなんかはテンキーの5を押さないと止まらなかった。って、誰も知らないか。思い出のゲームはタイムトンネル、キャッスルエクセレント、ハイドライド、ゼビウス、サラダ国のトマト姫、軽井沢誘拐案内など。やはり思い出のパソコン。 |
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SONY |
MSX |
1985年〜1988年 | 中学生時代もっている友人が多かったので、自然と触る機会も多かった。その貧弱な(失礼)スペックを限界まで使用したゲームが多く、名作(迷作でもある)がたくさんあった。FM77とは違い、ロムカセット式でロードの失敗がないのが良かった。思い出のゲームは、結局南極大冒険、ボコスカウォーズ、ブラックオニキス、シャロムなど。 |
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NEC |
PC-8801FR |
1985年〜1988年 | 中学時代一番の友達が持っていたパソコン。放課後、日曜日なんかは結構遊びに行ってゲームをやりまくっていた。FRのほかにはSR、TRなんてのがあった。TRはモデムが付いていて確か2400ボーだったと思う。昔は通信速度の単位はボーだった。しかも、パソコンにケーブルを差し込むというスマートな形ではなく、受話器を機械にセットするという今考えれば豪快な仕様であった。今話しても全く通じないであろう。思い出のゲームは、ザ・スクリーマー、破邪の封印、ソーサリアン、XANADU、テグザー、ハイドライドU、ウイザードリィーTなど。中学生時代の思い出のパソコン。 |